軽やかな暮らし。

ブログに書いた予想の約8割が実現することに気づき、最近は「軽やかさ」を意識しています。2018年に早期退職後、ダウンシフト生活を送っています。

寺社参拝後に、亡き人が夢枕に立つ。

8月1日の午前11時過ぎに眼科の定期検診を入れた。

受診まで時間があったので小網神社大乗山経王寺に参拝することに決める。

f:id:funbaring:20200803193329j:plain

小網神社

通常はついたちの土曜は混雑しているので「もし長蛇の列ができていたらそのまま帰ろう」と思っていたのだが、コロナ禍のためか、社務所が開く前だったからか、参拝客はまばらだった。手持ちのお金を浄めて、いろいろお礼を述べる。

 

f:id:funbaring:20200803193724j:plain

大乗山経王寺。

子の日・大安だったので、大黒天参りに行った。ここの像はどれもほっこりしていて、とても可愛い。

寺社参拝の時はいつも「両親の御霊安寧」を祈る。

 

眼科検診では異常なし。神様、仏様、ありがとう!

 

受診後、時間があったので、巣鴨高岩寺とげぬき地蔵)まで足を延ばす。

f:id:funbaring:20200803194340j:plain

高岩寺の洗い観音。

いつもは長蛇の列ができる洗い観音に人気(ひとけ)がない。いつも設置されている柄杓が感染予防のために撤去されている。脇で300円で柄杓貸出し(あるいは販売?)をしていたが買っている人は見かけなかった。

私は参拝だけにとどめたが、他の人たちが手でお水をすくって、像をなでながら洗っているのが面白かった。この方法はタオルで擦るよりも像もすり減らないし、気持ちがこもるし、それなのに感染しにくくて良いかもしれない。

ここでも両親の御霊安寧を祈る。

f:id:funbaring:20200803195729j:plain

高岩寺とげぬき地蔵

たまたま本堂で祈祷を行っていた。何かご縁を感じる。

数名の参拝者が堂内入口付近で合掌していたので、私も端っこで参加させていただいた。最後にご住職様がこちらを向いて(祈祷申込をしていない、通りすがりの参拝者たちに向かって)いろいろお話をしてくださったのがありがたかった。こういう懐の深さが、お寺を愛する理由のひとつだ。

最近は「感染防止のため入堂禁止」や「祈祷申込者だけ入堂可能」のところが多い。もちろん感染防止の策は大事なのだが、密にならないよう静かに黙祷・合掌することすら禁止されると少しつらい。

 

★ ★ ★

その晩、両親の夢を見た。普段は滅多に親の夢を見ない。その上、両親そろっている場面を見るのが非常に珍しい。

両親は私がおぼえている姿ではなく、むしろ婚約時期なのではないか、と思えるほどに若く活力に満ちていた。父は私に話しかけず(眼中になく)、傍らの母に熱弁をふるっていた。ますます婚約時代に見える。私はその時期を知らないのだが、なぜかそう思った。そして、父は3割増しくらいイケメンになっていた。

ごく稀に亡くなった人の夢を見るのだが、いつも生前よりも元気で楽しそうな姿で出てくる。私の願望が具現化しているのかもしれないし、あの世で幸せに暮らしている証左なのかもしれない。正直、この世は幻想なのだから(自分が亡くなったら周りの世界はすべて消え失せるのだから)、いつも楽しいほうに解釈する。

お祈りが届いて、あっちで安寧に過ごしているのだろう。

神仏さま、ありがとう。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
まもなくお盆

「ねばならない」を捨てて生きる。思考の錆を落とす。

f:id:funbaring:20200802083041j:plain

先日の読売新聞に、矢作直樹先生の著作紹介が掲載されていた。

www.amazon.co.jp

f:id:funbaring:20200802083330j:plain

著書を読む前だが、本当にそうだなあと感じることばかり。

 

むしろ、この項目の中で腑に落ちない、できていないものを挙げるなら

◆不繊布と布マスクの違い

 ⇒違いを理解するということか?気にせず使うということか?意味がわからず。

◆買い物では国産品を買う

 ⇒あまり拘泥していない

◆ゴミを出さない

 ⇒出さない暮らしにしたいが、なかなかそうもいかない

◆掃除は定期的にしない

 ⇒晦日掃除の習慣がある

◆助けたら逆にお礼を言う

 ⇒やっていない

◆使いづらい部屋に住む

 ⇒なるべく心地よく使える部屋にしている

◆物忘れは気にしない

 ⇒気になる

 

後はほとんど首肯している。人と人は分かり合えないものだと思っているし、コメンテーターは信用しない(というかそもそもテレビをあまり見ない)。陰謀というか悪意や害意がなくても、誰かを傷つけたり追い詰めたりする、悲しいことがつきないのがこの世の倣いである。

何も予定がない日はとても自由で美しいとさえ思う。休日はあまりスマホはいじらない。年賀状は数年前に虚礼廃止の意味を込めてやめた。ピンと来ない仕事もやめた。運動も「なるべくやろう」と思うが「やらねば!」と義務化はしない。

 

恐怖の伝染に加担しない。これは大事なことだと思う。

 

例えば「少子高齢化が進むと国が破たんする」と刷り込まれているが、本当なのだろうか。もし出生率が政府の期待値になった場合、その子たちの就職先は担保されるのか。そして彼らが老いるまでの間に、高齢化が解消するとは思えない。結局、問題が先送りされているだけだろう。

自然界は実にうまくできている。天敵が多い野生生物の出生数は高いが、食事と寝床が保証されている動物園の生き物の、見合いは捗々しくないという。安全な環境で子孫繁栄になったら、地球が過密状態になる。

人間の知恵からの「ねばならない」は、地球規模で考えたら概ねそこまで深刻にならなくてもいいものが多い。

最近「原因があるから結果がある」のではなく、「結果に向け原因を積んでいる」という考え方もありかなと思うようになった。

沈没前の船からネズミたちが一斉に消え失せ、嵐の前にチューリップ畑の花々は花びらを固く結ぶ。生き物は、少し先の未来を察知し、被害から逃れる行動を取る。

畢竟、温暖化が進みコロナ禍が訪れ、肉体的にも経済的にも過酷な状態になることをヒトの集合意識はあらかじめ察知していた。それゆえの少子化ではないのか。

…そんなふうに考えると、周囲の「〇〇せねばならない」はあくまで一時の正論であって、必死にすがりつかずともよい、という気になる。だいたい「ねばならぬ」ことは概ね苦痛だ。楽しさはない。

 

日本人は「楽しむ」ことよりも「深刻」であることが賛美される。しかし「ねばねば」「べきべき」にがんじがらめに縛られ苦しんでいるなら、その場を離れるなり、思考を変えるなり、環境を変えるなりの工夫をしたほうが良いと思う。

 

私は「ねばならない」は、その時代の人たちが作り出した正論という名の同調圧力だと思うようになってから、だいぶ楽に生きられるようになった。

 

捨てたほうがよいもの。家の中のガラクタよりも、思考の錆。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

晦日詣で(高幡不動尊、田無神社)で幸運の兆し

文月が去った。月末は晦日掃除と称して家中を大掃除をすることにしている。ふと思いついた。ついたち参りは有名だが、晦日詣でをやってみたらどうだろう、と。

ミソカモウデで検索するといろいろヒットするが、お賽銭を300円入れるとかオマジナイを唱えるとか、なんだか決まり事が多すぎて面倒くさくなってきたので、平生の感謝とご挨拶をすればいいではないか、と簡単に自己完結した。つまり、普段どおりの参拝である。

高幡不動尊に参拝し、日ごろの感謝を述べる。いつもの参拝ルートをまわったところで、五重塔にあるタイの観世音菩薩を抜かしたことに気づいた。

f:id:funbaring:20200801193355j:plain

(写真は公式サイトからの借物です)

階段のところでカップルが写真を撮っていた。女性が石段にいる昆虫に指を近づけてポーズを取っているのだが、シャッターチャンスがつかめないうちに、そやつは逃げてしまった。昆虫写真は難しい。

お参りをした後に件の階段を降り始めたら、気まぐれな飛来者が戻ってきて、再び石段に止まった。

f:id:funbaring:20200801193931j:plain

すばやくシャッターを押したのだが、よく見ると綺麗な青い身体を持つトンボである。赤トンボはともかく、青トンボはあまり見たことがない。縁起がいい生き物という予感しかしない。

後で調べてみたら、オスのみ成体になると青色に変わる性質をもつオオシオカラトンボらしい。

 

〇前にしか進めないため「不退転の実行力」をもつ「勝ち虫」といわれる

〇神社仏閣で見かけたら歓迎されているというサイン

〇青い色のトンボは「幸運の兆し」といわれる

 

などなど、ネットで調べたら良いことしか書いていなかったので、まるっと信じることにした。それにしても、最近は神社仏閣で動物が寄ってくることが増えた。

愛宕神社で白猫や金鯉が寄ってきたり、田無神社でトカゲが近づいてきたり…など。書き忘れていたが、田無神社の境内にある土俵に私が近づくと、毎回ハトがその中に止まる。

すっかりいい気分になったので(高幡参りの後は大体楽しいことが起きる)おみくじを引いたら大吉だった。ますます嬉しくなり、お不動様に向かって「これから大國魂神社と田無神社と、どちらに行ったらいいでしょうか」とコイントスで尋ねたら「田無神社」と出たので、多摩モノレールに乗って移動することにした。

 

★  ★

すっかり田無神社が気に入ってしまい、7月の初参拝から数え、既に3回も通ってしまった。

 

f:id:funbaring:20200801200509j:plain

ひととおり参拝して、御神木(青龍神)を眺めたら、あるものに気づいた。

 

f:id:funbaring:20200801200753j:plain

セミの抜け殻。

なんとなく幸運の象徴のような気がする。調べてみた。

〇過去の自分を脱皮し、大きくステップアップする兆し

セミは脱皮時は無防備なため、命を奪われることが多い。その状況を乗り越えて変容した強運の象徴

〇しっかり樹木にくっつくことから「忍耐」「粘り強さ」などを表す

 

この変化の激しい時代に「御神木に張り付いたセミの抜け殻」に逢えるのは、何だか後押しをいただいたようで単純に嬉しくなった。

 

f:id:funbaring:20200801202226j:plain

今回、赤龍のおみくじ(300円)を引いた。(前回いただいた)金色以外でピンときた色が赤だったからなのだが、もしかすると神仏は「青を選べ」と言っていたのだろうか。青トンボ、青龍神の御神木のセミ。それに御神木の後ろに写っている車も青で、青い屋根も見える…。

いやいや、私は「赤」が可愛い!と思って選んだので、自分の感覚を信じることにする。赤龍は「先見の明」「勝負運の強さ」を司っているので、多分力になってくれるはず。金龍一柱でも可愛かったが、赤龍が加わると可愛さ倍増だ。

 

昨日、現住所に越して丸15年になった。ミソカモウデの後、いつもの晦日掃除以上に心を込めて、家中を磨き上げたことはいうまでもない。

15年も経過し、私も家もそれなりにくたびれてきているが、まだまだ大事に使って行こうと思う。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな幸せのある暮らしへ
にほんブログ村

7月最終日の貯蓄状況。寄付をしたのに残高は増えた。

7月はかなり出費が多かった。浄水器交換、乳がん検診、脳外科で造影剤検査などを行ったこと、都内近辺の神社仏閣めぐりに精を出したこと、食べたいものを食べていたこと等が挙げられる。手にした給付金で、九州に寄付金を送ったり、人にプレゼントを贈ったりした。

要するに、先月に比べて支出額は大幅に増加したのだが、計算してみたら貯蓄額も増えていた。

平日は連日残業、土日祝日も出勤し、年休どころか代休もろくに取れなかったフルタイム勤務時より、週休4日で残業なしの今のほうが毎月の貯蓄額が増えている。

不思議なもので「こじんまり働いて、こじんまりと積立投資をして、豊かな時間を過ごそう。お金には困らない生活を送ろう」と決めたら、そのとおりになっている。

早期退職時は「激務生活をやめないと私は過労死する。貯蓄を取り崩す覚悟で逃げよう。後は何とかなる」と切羽詰まった思いであふれていたのだが、思ったより貯金は減っていない。それどころか令和2年度に入ってから前月比は増加を記録しているし、現役時代よりも貯蓄額は多い。

f:id:funbaring:20200731071352j:plain

何故かわからないが、喜捨(寄付、贈り物)をした月は残高が増える傾向にある。考えてみれば、お金は人間が生み出した概念であるから、人のために動かせば好循環を生みだすのかもしれない。この「人」には当然自分も含まれる。

 

4月から始めた新習慣といえば、財布を新調したことが挙げられる。確かにこれを使いだしてから、前月比貯蓄額はずっと黒字をキープしている。

snufkinstyle.hatenablog.com

もちろん、家計簿をつけたり、極端な浪費を避けたり、神社仏閣めぐりをしたり、家の中を掃除したり、基本的な行動から開運アクションまでさまざまに試しているのだが、やはり「お金に不安を乗せない」「人のために流す」ということは肝要かと思う。

明日から8月。恒例の晦日掃除をして、家中を綺麗に磨き立てよう。折しも外は雨。家時間を充実させるには、最良の天候だ。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな幸せのある暮らしへ
にほんブログ村

韓国ドラマと家族の思い出

「愛の不時着」視聴しました!

本当に韓国ドラマを見るのが久しぶり。昨年亡くなった母がどはまりしていたこともあり、少し記憶から遠ざけたい思いもあって避けていたのですが、面白くて一週間で全話見終わりました。

f:id:funbaring:20200730203703j:plain

ドラマで泣くというよりも、さほどドラマ好きでない父が、母につられて「ソル薬局の息子たち」にはまって楽しみにしていたなとか、(父が亡くなった後)母にレンタルDVDを渡すと一日で6時間くらい見ていたなとか、いろいろなことを思い出して、少しうるっときました。

多分、母が生きていたら全16話を3日くらいで見たでしょう。そして主演女優を「キム・ヒョンジュに見える」とつぶやいたと思います。

f:id:funbaring:20200730204051j:plain

キム・ヒョンジュ

f:id:funbaring:20200730204132j:plain

ソン・イェジン(愛の不時着)


自身の回想でさみしくなるのですが、普通にドラマを楽しめる自分に戻りつつあり、日にち薬の効果を感じています。それよりも、両親が生きているうちに楽しめる時間をたくさん提供できてよかった、と考えています。

誰でも命が尽きる日は来るのですから。

年を重ねるたびに、時間の期限を強く実感します。その一方で「何か大志を抱かねば」「お役に立てる自分であらねば」「他人様の評価を得ねば」といった、そういう他者目線の欲求は雲散霧消しつつあります。

思い出からも評価からも、少しずつ自由になってきたのでしょう。

 

 

www.youtube.com

メイキングが面白い。

(ドラマの世界観を壊したくない人は、見ないことをおススメします)

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな幸せのある暮らしへ
にほんブログ村